1986年11月15-21日 伊豆大島噴火

2020.11.18

 11月15日は,1986年伊豆大島噴火が始まった日です.

 この噴火は,始めは三原山山頂火口(A火口)からの比較的穏やかなストロンボリ式の噴火でしたが,11月21日に突然始まった山腹割れ目噴火は非常に爆発的で,南東から北西に並んだ多数の火口(B,C割れ目火口)から,大量のマグマが噴出しました.こうした経緯から約1万人の住民の全島避難に至りました.

1986年11月17日噴火遠望写真
写真1 1986年11月17日噴火遠望(撮影:遠藤邦彦)

 私たち日大調査班は16日にこの噴火の調査に向かう準備をし,17日から現地で調査を開始しました.現地では東大調査団と合流して、合同調査団として,調査の許可を得て,噴火の経緯や噴出物の特性などの調査にあたりました.

山頂噴火による火山灰の分布図
図1 山頂噴火による火山灰の分布(11月15日~17日)単位:g/m2 (遠藤ほか,1987)

 噴火の始まりは11月15日17時25分(気象庁発表)で,三原山山頂火口の南端のA火口から溶岩噴泉を噴き上げました.周囲には“ペレーの毛”と呼ばれる髪の毛のように細長く伸びた火山灰が降りました.

A火口からの噴火 11月15日〜20日

 17日,18日には山頂部から溶岩噴泉の状況と火山灰の降り方を観察・調査しました.溶岩噴泉は写真のように,20分おき位に間欠的に繰り返しました.時計を見ながらそろそろ来るぞとカメラを構えて,逃さないように撮影しました.調査時間中に発生した溶岩噴泉のほとんどを撮影しています.時間と共に溶岩噴泉の形態も変化し,バブルのような形態も出始めました.

写真集 ストロンボリ式噴火(撮影:印牧もとこ)

噴泉が15〜20分間隔で絶え間なく吹き上げている.

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粘性の高いアア熔岩
写真2 18日に流れ出た粘性の高いアア熔岩(撮影:印牧もとこ)

 噴火前に約200mの深さがあった火口は溶岩湖となって,みるみるマグマで満たされていき,18日にはついに溶岩湖から溢れ出して溶岩流が出始め,アア溶岩としてゆっくり前進していました(写真2).19日には溶岩流は三原山の斜面を流下し,カルデラ床に達しました.

山頂噴火による熔岩流の流下過程の図
図2 山頂噴火による熔岩流の流下過程(遠藤ほか,1987)

図2 山頂噴火による熔岩流の流下過程(遠藤ほか,1987)

ヘアークラックの写真
写真3 前日迄の山頂からの噴火で降下した火山灰(主に”ペレーの毛”)を切るヘアークラック(撮影:千葉達朗,1986年11月21日15時ごろ)

 11月21日,私たちは主にカルデラ床での火山灰の積もり方を調査していました.

 15時過ぎに,遊歩道近くのカルデラ床にヘアークラックを発見しました(写真3).写真の上方,中央右に玄武岩溶岩を切る細い割れ目がありますが,その延長が“ペレーの毛”で覆われた地面を切っていました.降ったばかりの“ペレーの毛”がこのクラックを挟んで分かれています.この細いクラックを千葉達朗さんが追跡し,どうやら餅が膨らむときにできる展張性のクラックであり,すなわち我々は膨らみつつある土地に立っていると考えられました.そこで、予定していた(結果的に割れ目火口が生じた)方向に行くことをやめ,関係機関への通報を検討し始めました.丁度その時に割れ目大噴火は始まってしまいました.

21日に起こった山腹割れ目噴火の写真
写真4 21日に起こった山腹割れ目噴火 (撮影:稲葉宏幸)

 11月21日の割れ目噴火は、16時15分に突然始まりました.はじまりは後に大割れ目火口に発達する2つの地点から上がった白い小さな噴煙です.続いて黒い噴煙が上がりました.これは反対側から見ると赤色だったようです.見る見るこれらの噴煙は成長していくので,我々は急いで撤退することにしました.

 

 御神火茶屋から元町港へ急いでいましたが,途中道路の落差10㎝程の開口性亀裂を横切りました(16時35分頃).元町港に着くころ,すでに暗くなり,大規模割れ目噴火は最盛期となっていました(17時ごろ写真4).

1986年伊豆大島噴火による噴出物と火口群の図
図3 1986年伊豆大島噴火による噴出物と火口群(遠藤ほか,1987)

 さらに,17時45分ごろにはカルデラの外の斜面にC火口群が生じ,最終的に11個の火口が形成されました.これらを連ねる割れ目火口群はC火口群ということになります. 御神火茶屋からの帰途に横切った亀裂の延長にあたります.C5火口から流下した溶岩流は元町に向かう谷を勢いよく下ったことも,全島避難の理由の一つになりました.

 

1986年伊豆大島噴火による噴出物と火口群 単位:mm

<火口>

A 山頂火口(三原山)

B 火口群  B1~B8

C 火口群  C1~C11

 

 以上のように,1986年噴火は,A火口からの比較的穏やかなストロンボリ式噴火を6日間ほど続けた後,突然21日午後にB,C割れ目火口群からの激しい噴火に代わりました(fire curtainの形成).この両者のマグマの性質は若干異なるので,カルデラ床の下に比較的古いマグマ(SiO2 54-%)があって,そこに新しいマグマ(SiO2 52%)が上がってきてこれを貫いてA火口から先に噴火し,52%のマグマに影響を受けた54-%のマグマがやや時間をおいて21日に割れ目火口から一気に大量に噴出したのだろうと考えられます.この間に,カルデラ床でのヘアークラックが,54-%マグマが地面を膨らませ、出始めようとしていた瞬間を示していたというのは,非常に意味深いことだと思います.

 

参考文献

遠藤邦彦・千葉達朗・宮地直道(1987)1986年伊豆大島噴火をめぐって.採集と飼育,49(8),337-343.

 

※この噴火については多数の研究報告が以下の特集号にまとめられていますのでご覧ください.

 火山第 2 集第 33 巻特集号『伊豆大島 1986 年噴火』,火山学会. 

 

※そこには以下の2篇が含まれています.

遠藤邦彦・千葉達朗・谷口英嗣・隅田まり・太刀川茂樹・宮原智哉・宇野リベカ・宮地直道(1988)テフロクロノロジーの手法に基づく 1986~ 1987 年伊豆大島噴火の経緯と噴出物の特徴.火山 第2集,33(SPCL),S32-S51.

千葉達朗・遠藤邦彦・太刀川茂樹・谷口英嗣(1988)伊豆大島 1986 年噴火の溶岩流.火山 第2集,33(SPCL),S52-S63.

火山弾の写真
写真5 火山弾(撮影:遠藤邦彦,1986年11月18日)

写真5 火山弾(撮影:遠藤邦彦)

スコリア
写真6 スコリア(撮影:印牧もとこ,1986年11月17日)

写真6 スコリア(撮影:印牧もとこ)